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2007年08月29日

渋谷区

渋谷区(しぶやく)は東京都の特別区の一つ。23区の中央やや西よりに位置する。都心5区の一つ。

渋谷区は、国道246号が通っている南部と、甲州街道が通っている北部に大きく分けることができる。南部と北部で街並みが若干異なる部分があるので、分けて説明する。

■渋谷区南部
渋谷区南部は渋谷や恵比寿といった都内有数の商業地が広がっている。

渋谷駅周辺

東急グループの拠点であり、商業活動が盛ん。渋谷駅ハチ公口側に百貨店やファッション専門店、飲食店、カフェ、遊戯施設や風俗施設などが密集しており、センター街、道玄坂、パルコ、109などの定番スポットも多い。

神宮前・表参道

街路樹が立ち並ぶ表参道沿いには有名ブティックが軒を連ね、また、美容院街でもあり、ファッションに敏感な人々が多く集まる。2006年には、新しい商業施設「表参道ヒルズ」もオープンした。参道の先には明治神宮があり、年末年始の参拝客は日本一である。

代官山

代官山は表参道と並んでファッションタウンであり、旧山手通り沿いなどには、和洋中の有名レストランも数多い。

恵比寿

恵比寿はもともとは下町であったが、JR山手線沿線で通勤に便利な立地であることから、近年は駅周辺にオフィスビルが増え、日中はビジネスマンで賑わっている。サッポロビール工場跡地に建設された恵比寿ガーデンプレイスは、オフィス棟と商業棟、居住棟の複合大型施設となっている。

神泉町・渋谷区渋谷

ともに、渋谷の駅から坂を上ったところにある。「ビットバレー」と呼ばれ、IT関連の一大ビジネス街となっている。

渋谷区南部の住宅地

渋谷区南部にある住宅地は、一般に高級住宅地として名高い。例えば、松濤・神山町・南平台町・広尾などは、渋谷区の中でも一段と地価が高い地域である。

■渋谷区北部
区の北部は駅周辺以外は商業地が少なく、むしろ住宅地域であり、居住人口が多い。

甲州街道沿い

笹塚・幡ヶ谷・初台(本町)の3つの街がある。いずれも甲州街道と京王新線が通っており、街並みが似ている部分があるので、3つの地名の頭文字を取って、通称「笹幡本町(ささはたほんまち)」とも呼ばれている。渋谷の街よりも新宿へのアクセスのほうが良い。

代々木地域(小田急線沿線)

代々木地域とは、JR代々木駅周辺というよりむしろ旧代々木村の全域を指し、代々木上原や富ヶ谷といった広範囲なエリアを指す。最寄の鉄道路線は小田急線である。宇田川などの河川によって形成された幾つもの谷があり、地形的には起伏に富んだ地域である。

次に渋谷区の歴史について解説します

■歴史

渋谷区の区名は、渋谷に由来する。現在の渋谷駅周辺は、渋谷川と宇田川が合流する谷状の地形になっており、古来より渋谷と呼ばれる場所であった。

■古代
前九年の役の功労により渋谷氏の祖河崎基家に源頼義が下賜した地領が、しばらくして武蔵国豊嶋郡渋谷郷と呼ばれるようになる。

■中世
鎌倉街道が渋谷郷を貫通する。
渋谷氏が渋谷城を築く。

■近世
寛文年間、「渋谷村」が上、中、下に3分される。以降おおむね日露戦争後の地価高騰期まで、純農村として歴史を歩む。

■近代~戦前
1870年頃、薩摩藩島津家、渋谷川左岸にあった領地を皇室に献上し、「皇室御料牧場」が設けられる。牧場勤外国人に師事し、食肉・搾乳牛飼育を業とする村民が現われる。
1882年 青山学院が現在の土地(伊予西条藩松平家上屋敷跡)に移転
1885年3月1日 山手線開通(当時は日本鉄道品川線)・渋谷駅開業
1889年5月1日 町村制施行により、上渋谷村、中渋谷村、下渋谷村と赤坂区の渋谷宮益町、渋谷神原町、麻布区の麻布広尾町の区域で南豊島郡渋谷村が成立
1896年4月1日 南豊島郡と東多摩郡が合併し豊多摩郡となったため豊多摩郡渋谷村となる
1898年 東京農業大学が常磐松に移転
1901年2月25日 山手線恵比寿駅がビール出荷専用の貨物駅として開設
1906年9月23日 豊多摩郡千駄ヶ谷村に代々木駅が甲武鉄道(現中央本線)の駅として開業
1906年10月30日 千駄ヶ谷村に山手線原宿駅、代々木駅開業、恵比寿貨物駅の旅客取り扱い開始
1907年3月6日 玉電道玄坂上~三軒茶屋間開業。同年8月11日渋谷駅前まで乗り入れ
1909年1月1日 渋谷村が町制施行し豊多摩郡渋谷町となる
1910年 代々木村深町・外輪町一帯の代々木野に陸軍代々木練兵場が作られる。同年12月19日に徳川好敏大日本帝国陸軍工兵大尉が代々木練兵場にて日本初の航空飛行に成功した
1913年 円山町に三業地が形成される。戦後の高度成長期まで花街として繁栄する。東京オリンピック後から現在のようなラブホテル街へと変化していく。
1913年4月15日 京王電気軌道(現・京王線)笹塚駅~調布駅開業。以降代々幡町内を漸次開業し(同年10月11日代々幡-笹塚間、翌年4月8日幡代小学校前-代々幡間、6月11日代々木-幡代小学校前間、11月19日新町-代々木間)、1915年5月30日当時の始発である新宿三丁目(新宿追分)まで延伸される
1920年11月1日 明治神宮が創建(旧宮内省南豊島御料地)
1924年 箱根土地が中川久任伯爵邸跡地を百軒店と名付け、商業地として分譲。関東大震災で被害をうけた下町の店が百軒店に移転する
1925年 渋谷駅から毎日通勤していた忠犬ハチ公の飼い主である渋谷町在住の上野教授が亡くなる
1927年4月1日 小田急線開業。渋谷区内(千駄ヶ谷町・代々幡町)の駅は「千駄ヶ谷新田」「代々木山谷」「参宮橋」「代々木八幡」「代々幡上原」
1927年8月28日 東横線渋谷駅・代官山駅が開業
1928年1月 箱根土地が南平台町の西郷従道侯爵邸跡地を西郷山と名付けて分譲。
1929年~1931年 渋谷川の改修工事が行なわれる。
1932年10月1日 豊多摩郡渋谷町、千駄ヶ谷町、代々幡町が東京市に編入されると同時に合併し、渋谷区誕生。
同年、東横線渋谷~桜木町間全線開通
1933年8月1日 帝都電鉄線渋谷~井の頭公園間開通。翌年吉祥寺まで全線開通
1934年 渋谷駅前にハチ公の銅像建立(初代)
1935年3月8日 フィラリアにより、ハチ公が渋谷川の稲荷橋付近の路地で死去。
1938年 東京高速鉄道(現:東京地下鉄銀座線)開通
1939年1月 箱根土地が徳川山(西原)の分譲を開始。
1943年 東京府・東京市廃止

■戦後
1945年 陸軍代々木練兵場がGHQに接収され、ワシントンハイツとなる
1948年 渋谷駅前にハチ公の銅像建立(二代目・現存)
1950年6月国土計画興業が徳川山南(大山町)に分譲を開始。
1961年10月 東京オリンピック会場・選手村建設地としてワシントンハイツの返還が決定
1963年3月27日 渋谷区長選任の贈収賄事件に関連して、最高裁判所大法廷は特別区において区長公選制を認めないことが憲法93条2項に反しないと判断
1964年 ワシントンハイツ跡地に、渋谷区総合庁舎・渋谷公会堂・国立代々木競技場完成
1965年 東京オリンピック選手村跡地の一部が国立オリンピック記念青少年総合センターとして発足、また同年、同じく選手村跡地のNHK放送センターが第1期運用を開始(完全移転は1973年7月31日)
1967年4月19日 映画館(渋谷松竹・渋谷国際)などの跡地に西武百貨店A・B館 開店。
1967年10月20日東京オリンピック選手村跡地に代々木公園開園
1967年11月 旧大向小学校跡地に東急百貨店本店開店。渋谷の商業地域の拡大が始まる。
1970年 渋谷区内の都電と玉電が廃止になる
1971年 現在の公園通りの入り口に丸井ファッション館(現 マルイジャム)開店。
1972年 渋谷区役所通が、パルコ開店を前に公園通りと命名される。
1972年10月20日 営団地下鉄千代田線、霞ケ関~代々木公園間開通
1973年6月 パルコPART1 開店。「西武劇場」(現「PARCO劇場」)開設。公園通りの活性化により「ファッションの街」としてのイメージが定着する。
1973年6月20日 NHKホール完成(オリンピック選手村跡地がほぼ現在の形になる)
1976年4月7日 東急新玉川線、渋谷~二子玉川園開通
1978年3月31日 営団千代田線、代々木公園~代々木上原間開通、小田急線との直通運転開始
1978年8月1日 営団半蔵門線、渋谷~青山一丁目間開通。東急新玉川線との直通運転開始
1978年9月 東急ハンズが井ノ頭通りに開業。
1979年 SHIBUYA 109開業。公園通り・井ノ頭通り・東急本店通り(現:Bunkamura通り)周辺が商業中心として確立される。
2006年 表参道ヒルズ開業。渋谷公会堂が改装・指定管理者導入の上、通称命名権を売却し「渋谷C.C.Lemonホール」に(正式名称は変わらず)。

渋谷にはよく行きますが若者がやはり多いですね。行くたびに元気をもらってます。

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